気功

気功

気功原則

松静自然

“松”は入静と運行がしやすいように、気功の時に精神が緊張せず、身体を充分にリラックスさせ、意念を調整して開通し、身体は一定の状態を維持する。

“静”は気功の時に意の修練がしやすいように、情緒安定、雑念を排除し、思想入静する。即ち入静は覚醒状態のもと、一種独特な安静状態である。このような入静状態を「気功態」という。

“松”と“静”は相互に進み、互いに影響する。もし“松”が容易にできるのなら、簡単に“静”に入ることができる。入静後、さらに容易にリラックスすることができる。

 

動静結合

気功は動功と静功の二つに大別できる。

動功とは身体を動かすことで内気の運行を導引する。静功は意念の作用に助けられ、気を丹田に集める。

気功を継続して一定のレベルまで到達した時“動中静”“静中動”になる。静功をすると、身体が静まり内気が動く。動功をすれば相対的に内気が静まる。気功を行う時は、自分の状態によって方法を選ぶ。身体と内気の動静結合に注意し、気功を行うことによって、さらに良い結果を収めることができる。

 

上虚下実

上虚とは、気功中に上半身に胸、頭部の気が虚弱になる。気がよく流れ、各内臓が関連し合い、丹田に降りる状態をいう。

下実とは気功中に下丹田の気が充実し、気が下部に蓄えられる状態をいう。

上虚と下実は、お互いにつながり、呼吸する時は元に戻る。上半身は虚弱になり、下丹田に気が充実できるようになる。上虚と下実は、随意、意念で移り変わって現れ、意念に伴って気を廻すことができる。

気功の時は意念を身体の上部に留めてはいけない。重点的に下部に安定するようにしなければならない。呼吸の運行を行う時は下丹田から離れることはできない。

 

意気相随

“意”は気功の意念活動を指す。“気”は人体の根源の気を指す。これらは、呼吸の気と、内気を含む。意気の相随は、意念で影響させて呼吸と内気運行を行い、意念を活発にして、活動と呼吸運動を結合することにより起こる。

故に“意気合一”ともいう。呼吸が進んだとき、意念を活発にして、呼吸をしながら、ゆっくり進めることができる。自然の状態で、徐々に呼吸を細く長く行えるようになる。内気エネルギーがあるレベルに達すると、体内運行の時に内気の循経運行を意念によって体内で運行することができる。決して意念によって強制するものではない。

 

修業程度

“火候”とは気功・武術の修養学力レベルを指す。火の気功は散らすと気になる、何かを集めると火になる。消化して水になる。

その作用が“疑比一気使真元不散”。気功修養の運用は、理があり、強火で練り、下手、身体を休める。前後、緩急に分け、一歩ずつ前進する気功修養をし、様々な変化、それによってまた進むを繰り返し重ねる。

気功修養程度は事実上、同じ段階はなく、修練限度と転化点は同じ基準はない。以下の分野で掌握しなければならない。

「意念上は何事もあるが如く、無きが如く、はっきりしない。忘れるなかれ、助けるなかれ、呼吸の力はできるだけ自然に、ゆっくり穏やかに、呼吸は自然状態の元で作られる。意念で強行してはいけない。姿勢は自然に緩め、軽くリラックスする。気功をやり過ぎるのは良くない。気功・武術を行えば毎日増進できる。」

 

練養相兼

“練”とは気功中に意識で指導して気力を表す形式である。“養”は気功後、精力を補うものである。

気功では“武の火は激しく練り、文の火は優しい”と説明している。気功は一種の意識形式であり、最後まで修練するのではなく、練と養との修練を結合しなければならない。気功中に疲労を感じるようになったら、すぐに丹田に注意をするべきである。意念を丹田に留めて、あわせて呼吸も調整し、静養する。練と養の修練を交替で進めるべきである。養の中に練があり、練の中に養があり、互いに助け合うことで気功の質量を高めることができる。

 

循序斬進

気功は気功原則に照らし、功法要点で修練し、修練を急いではならない。松静も急いで行うことはできない。気功は一種の自分の体内の反省と、身体の体験を観察する方法であり、その作用を発揮するには一朝一夕で効果が出るものではない。修練を継続することによって、自然に気功の修練は成功することができる。

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